top of page

発達障害遺伝子検査のご紹介

実施例(本件実施例の紹介は、匿名化した上で症例として紹介することについて適正なインフォームドコンセントを得ているものである。)

 

●実施例当事者プロファイル

30代~40代男性

高IQかつ上級学位保持者

専門職

 

●症例提示

 幼少期の自閉症の指摘はなく、当然診断も受けていない。幼少期からあまり人付き合いが好きではなかったが、高校生頃からとおりいっぺんの人付き合いは意識的にするようになり、放課後の交遊・季節的イベント・旅行・アウトドア活動などでも中心的なメンバーとして関わるようになった。しかしながら、その交遊は本意ではなく、本当はひとりだけの時間を過ごしたかった。

 小学生の頃に一時忘れ物が多くなり、そのような忘れ物に対する恐怖感から持ち物や保管場所を何度も確認するなどOCD様の症状が出現した。以後は、重度のOCDというほどではなかったものの、いわゆる「神経質」「潔癖症が過ぎる」感じで、日常生活で不都合を感じるようになった。その後、自身で考案した暴露療法的な取り組みで高校生の頃にはこのようなOCD様の症状は消失した。一方で、忘れ物については簡易な確認メモを常に携帯するなどして克服していた。

 小学生頃から大学生になっても何となく一箇所に座っておれず、頻繁に足を組み換えたり、ペンを回すくせがあった。座っていられない傾向については、慢性の腰痛を訴えており、日常的に頓服の鎮痛剤を服用していた。また、思春期以降はいずれのパートナー女性らからもベッドでの足のばたばたした動きや頻繁な姿勢変えについてたびたび苦情を言われるようになり、男女交際やパートナーと同じ寝室で寝ることも柔らかく避けるようになっていった。スポーツ競技時代にステロイドの使用歴があったことから、若干の前立腺肥大も見られた。

 

●受診歴

 それまでに一定以上の知的水準にある知人や上司らからADHDやアスペルガー症候群の可能性を示唆されており、「病院にいけ」とのアドバイスもあったことから東京の精神科と心療内科を2件行ってみたものの、いずれのクリニックでも「それっぽい傾向はありそうだが、診断できるほどではなそう」との所見であり、ADHDもアスペルガー症候群も診断されなかった。そのため、加療の必要性なしとしてそれぞれのクリニックで一度の受診で終診となった。

 

●診察所見と臨床所見

 上記のヒストリーに加えて、詳細な生育歴と教育歴・職業歴を聴取し、さらに本人をよく知る第三者へのヒアリングと観察者評価式の心理検査も行って精査したが、コミュニケーションや社会性の偏り感、注意欠陥や多動を思わせる履歴はあるものの(診断基準による操作的診断によれば診断は可能かもしれないが)、はっきりとした問題や困難がなく、診察所見においてもASD/アスペルガー症候群並びにADHDの所作挙動の雰囲気は薄いことから、診断は困難であった。

 

●本件における診断を妨げた要因

 本件では、本人の社会適応は悪くなく、高い知能の保持・思春期以降の継続的連続的な異性交際・学業の完遂・職業上経済上の成功をなしているので、ASD/アスペルガー症候群/ADHDのいずれについても、それを積極的に発達障害として診断し得る状況にはなかった。

 

●遺伝子検査の実施と結果

 そのため、本人から「遺伝子検査によって決着をつけたい」との積極的な申し出があったので、適切なインフォームドディシジョンに基づいて、フルライン型ゲノム解析をもって、ASD/アスペルガー症候群/

ADHD/その他の関連する疾患の遺伝子検査を行った。その結果、右のとおりの複数のADHDのリスク遺伝子(※1)及びASDのリスク遺伝子(※2)の存在を認め、さらにゆるい多動を思わせるについては「むずむず足症候群」のリスク遺伝子(※3)の存在を認めた。また、ASDのリスク遺伝子の他に、人の顔を認識し記憶しづらいという認知の偏りを示唆するリスク遺伝子(※4)の存在も認めた。

 さらに、発達障害とは関係ないが、前立腺肥大・前立腺癌・前立腺の炎症傾向のリスク遺伝子(※5)も認めたため、以後は当該疾患適応の薬物治療を開始した。

 

●考察

 本件のように、詳細な生育歴・教育歴の聴取及び第三者へのヒアリング、心理検査、診察所見、臨床所見並びに操作的診断技法のいずれによってもなお診断が困難を極める症例というのはときどきあるものである。そのようなときに、最後の補助証拠・補強証拠として、遺伝子検査は強力な

ツールとなる。

 また、本件では多動を思わせる症状が、実はむずむず足症候群のリスク遺伝子と前立腺肥大と慢性炎症に対する脆弱性遺伝子が関与していたことも明らかとなり、発達障害に加えて内科的治療・神経科的治療・泌尿器科的治療を立体的に組み立てることができたため、治療は劇的に進展した。現在の当事者のQOLは極めて良好である。

 さらに、パートナー女性他複数の交際相手から、「付き合い当初はお調子者に見えるが、付き合ってみると突然愛情が無くなったように見えて冷淡なときがある」との証言を得ていたが、OXTR遺伝子(※6)とエンパシー(共感する気持ち・思いやる気持ち)を保持する遺伝子(※7)に脆弱性があり、たしかにそのような冷淡な態度を示しやすい傾向があることも明らかとなった。パートナー女性以外の人間関係においても、多くの第三者から「彼は家族を持つのは向かないと思う」との評価であったが、そのような評価も当該遺伝子の存在をもって裏付けられた形となった。

 ADHDとASDとの合併と相互にいずれが主たる障害であるかについては、第三者評価によれば「彼はADHD」との評判がほとんであり、「彼はアスペルガー症候群」と指摘ないし同意する者は少なかった。また、臨床所見としてもADHD優位を思わせる様相は強かった。しかしながら、リスク遺伝子の倍率と関与遺伝子数を比較すると、本件ではASD(アスペルガー症候群/アスペルガー障害)がメインであったとの診断に確定した。

 

●2次障害考察

 本件では、もともとの特質として運動・スポーツの不得手の訴えがあり、また外出や旅行、長時間の仕事に際しての易疲労性の訴えと第三者観察所見があった。当初これは軽い協調運動障害と2次障害性の易疲労と思われた。そのため、協調運動障害のリスクを示す遺伝子を探索したがこれを認めず、続いて易疲労についての脆弱性を探索したものの、セロトニンシステムを介した慢性疲労のリスク遺伝子を認めず(※8-1)、また慢性疲労症候群の遺伝子も探索したもののリスク遺伝子を認めなかった(※8-2)。そのため、本件の易疲労性は発達障害とは直接関係がない可能性が示唆されたため、探索方法を切り替え、疾病・疾患・障害ではなく運動能力・アスリートスポーツパフォーマンスの遺伝子評価を行った。これによれば、VRP遺伝子及びTNF遺伝子により中程度以上のPERT不良傾向にあることが判明し、さらにNPAS2遺伝子/BTBD9遺伝子により、著しく睡眠パフォーマンスが悪い特質があることが判明した。

 本件では睡眠障害はたしかに呈されていたが、これは当然にADHDに由来するものだと考えられていた。しかしながら、ADHDのリスク遺伝子の中には睡眠障害と強いリンクを持つものは確認されず、むしろスポーツパフォーマンス評価目的での遺伝子検査において、睡眠パフォーマンス低水準のリスク遺伝子が認められた。よって、当初は2次障害と思われた易疲労性及び睡眠障害は、発達障害(特に本件においてはADHD)とは関係がなく、運動生理を司る遺伝子による特質に過ぎないと確定した。

bottom of page